健斗の部屋

僕はけんとだよ!

健斗
生年月日  1992年11月4日生まれ
マルチーズ&ヨーキーのMIX
1994年4月18日永眠


健太の兄弟の健斗くん。
譲っていただく時にどちらか1匹と言われましたが、
2匹を離す事は出来なかった私。
ずっと一緒に生活していましたが、
平成5年8月に健斗の後左足に以上を発見しました。
すぐに病院に連れて行きましたが、
レントゲンの結果は異常なし。
血が出ていて引き摺っているのに、
先生は「どんどん歩かせて下さい。すぐに治ります。」と・・・
そんな事がある訳がないと、違う病院に連れて行きました。
そこでは、大きい設備の病院での検査をすすめられました。

某大学で検査をする事に・・・
検査は全身麻酔をして、
脊髄に造影剤を入れて神経の異常を調べる検査を行う事に。
1回目の検査の時は私も一緒にいました。
次の日、担当の先生からの電話がきました。
「気になる箇所があるので、もう一度検査がしたい。」と言われました。
私は先生が言うならとOKしたのです。

仕事があったので、病院には行けませんでした。
その代わり、毎日電話をして状態や様子を聞く事にしていました。
「今日は、温水プールでリハビリしました。」
「食欲はありますよ。」と言われ安心していました。

退院の日。病院に迎えに行きました。
先生に呼ばれて診察室へ・・・
しばらくすると、健斗が抱かれてきました。
その姿を見て唖然としました。

健斗の首が背中の方に向って曲がっていた。
後足は両方とも動かない状態に・・・
目にした姿が信じられない。頭の中が真っ白になった。
先生が「原因がわかりませんでした。」

その一言で、私は先生を睨んでしまった。
こんな姿になった理由を聞きました。
先生が言った一言が「頭がおかしいから。」
「東京に行けば、犬のCTスキャンがあるんだけどね。」
私は先生に思わず怒鳴ってしまった。
「頭がおかしいって、どうゆう事?」「もとの姿にしてよ!」と。

紹介してくれた先生も唖然していた。
帰りの車の中で、後悔していた。検査しなければよかったと・・・
健斗に申し訳なかった。泣きながら誤った。「ごめんね。ごめんね。」って

それから健斗と私は戦った。
自力でうんちを出来なくなった健斗の肛門を押して出したり、
水も自分で飲めないので、注射器で飲ませた。

ずっとおむつをしている状態でした。
家に留守番させる訳にもいかないので、
会社の許可をとって連れて行った。
ご飯のカロリーの高い離乳食。

日に日に健斗は弱っていきました。
身体を自由に動かす事も出来ないので、
みるみるうちに痩せていきました。
床ずれもひどくなり、夜中に何度も起きて向きをかえてあげた。
多少の寝不足なんか平気でした。
健斗の辛さからは、たいした事なんかないって。


↑平成5年12月
お腹まわりが細くなってしまった健斗。
この時期が少し調子が良かった頃。

平成6年、なんとか無事に新しい年を迎える事ができた。
健太、健斗とお正月の写真をペットショップに撮りに行きました。


↑平成6年1月3日
ペット専門のカメラマンの方が撮影してくれました。
普通の子と変わりなくしてくれたのには感謝しました。

上の写真が最後の写真になりました。
とても写真を撮れる状況ではなかったのです。
お腹まわりも親指と人差し指で輪を作ったぐらいまで細くなってしまった。
身体は骨と皮だけになってしまい、ご飯もやっと食べていました。

平成6年4月18日
この日はなぜか会社を休みました。
21時頃、健斗をブラシをかけていると、眠るように空へ・・・
涙が出てきました。「健斗、健斗」って何度も呼んだ。
健斗は目を閉じたままだった。

健太が健斗の死が理解できていたようでした。

私は検査を後悔をしましたが、健斗との生活を忘れません。
せめて獣医のY先生に一言でもいいから謝って欲しかった。
一言でいいから、健斗に誤って欲しかった・・
ミスを犯した事を認めて欲しかった・・

健斗くんごめんね。そしてありがとう!

P.S.長々と書いたこの文章を読んでいただきありがとうございました。